Frankfurt生活12週目

<6月24日(日)>

H田さんたちが飛行機でミュンヘンに向かう間,われわれはICE(特急)でミュンヘンに移動。フランクフルトからミュンヘンは,ICEがおそらく便利。にもかかわらず飛行機で行くのは,世界一周チケットの規定をクリアするため。価格が全然違うらしい。

ミュンヘンでの活動は3時半頃から。時間もあまりなく,日曜日でもあったのでレジデンツの見学だけ。この地方の王様がどんな暮らしをしていたのかを感じてもらえたかな。

夜は,ガスタイクでヒラリー・ハーンが弾くエルガーのコンチェルトを堪能。とてつもない演奏だった。ブラームスの方は,元気な演奏だったのだけど,例えば木管の弱音の所など,雰囲気を醸し出す音色が欲しかったかな。指揮者は何をしたいかよくわかって面白かった。

  • エルガー:バイオリン協奏曲
  • [アンコール]バッハ無伴奏パルティータ2番からサラバンド
    • バイオリン独奏:ヒラリー・ハーン
  • ブラームス:交響曲第1番
  • [アンコール]
    • 指揮:ジョージ・ノリントン
    • シュトゥトゥガルト放送交響楽団

終演後,ヒラリー・ハーンのサイン会などがあったりしたので,かなり遅い時間から市役所の下のラーツ・ケラーに行って夕食をとった。ヴァイス・ビアとソーセージなど。残念ながらバイエルン名産,ヴァイス・ヴルストはなかった。

レジデンツ
レジデンツの通路
とてつもなく豪華


謁見の間
謁見の間の王座
座り心地は悪そうだ(心理的にね)
戦争の絵
なんとなく長閑な戦争の絵がかけられている
ガスタイクで
ガスタイクでの公演終了後

ヒラリーハーンのサイン会
ヒラリーハーンにサインをもらう

ラーツケラーで握手
ラーツケラーの入り口にいるライオンと握手
さすがにサインはもらえない

学校の歌を演奏
いろいろ活動した最後の段階
学校の歌を鉄琴や木琴で演奏する

ばちのはこ
でもいきなりバチでたたかない
指ではじいて音をたしかめて(耳を澄ます)
それからバチをとり行く(バチは箱に入れて整理されている)
<6月25日(月)>

ミュンヘンから電車とバスで1時間20分。アンデックスにあるカール・オルフ小学校を訪問した。10ぶりの訪問だ。学校の周りの環境は全く変わっていない。玄関を入ると,シュッセル先生のクラスの子供が2人,小さな花を持って出迎えてくれた。感激。スーツのポケットにさして授業参観に。

国語の授業を見学していたら,みんなで輪になって(われわれも含めて),マラカスをマイクに見立てたインタビューが始まった。名前や趣味などを聞かれた。その後,音楽室に移動して,カール・オルフ流の音楽の授業。これが極めて意図的に活動が繋がっているおもしろいものだった。言葉とリズムと絵画的なイメージと身体活動が全て統合されていって,最後に木琴や鉄琴を使った合奏になっていく。所々に見える学級経営の技倆の高さにも感心した。

他に,英語,歴史(事物科),理科(事物科),英語劇の授業も参観。ほとんど始業から終業まで全部見て,職員の打ち合わせにも参加し,さらに終了後,近くの修道院のレストランで一緒に食事をしながらキーパーソンの2名の教師といろいろ話ができた。とても実りのある学校訪問だった。

夜はミュンヘンに帰って,アウグスティナー・ケラーでまたヴァイス・ビアを。H田さんたちにとっては,ドイツ料理オンパレードメニューの最終章。みんな最後までおいしそうに食べてくれたので嬉しかった。

英語の授業
英語の授業は専科
日本でもやっているHead And Shoulders
国語の試験
国語の試験
普段はグループで座っているのだけど
ランドセルを立てて仕切を作る
こんな使い方もあるのね

歴史
「郷土・事物科」の歴史の授業
お城の構造について勉強する
その導入で,袋からお城と塔の粘土細工を取り出すところ


オルフ
廊下にはプロジェクト学習の成果
オルフについての調べ学習


クロスターの黒ビール
修道院の黒ビールを(とても有名)
理科
ものの浮き沈みも「郷土・事物科」
学校で購入した教材キットを使っている
この箱を水槽にして実験する
実験の結果を記録するワークシートもよくできている


EUの国口
EUの国々についての調べ学習

<6月26日(火)>

ミュンヘンから約100Km,電車で2時間の所にミッテンヴァルトという村がある。ここでクロッツという人が弦楽器製造を初めて,弦楽器の村として知られている。町にはバイオリン製作博物館がある。これまでに2度来たのだけど,前回分かったのは冬期は休業している季節営業の博物館だということ。これまではどちらも休業期間中だった。今回,フランクフルトに帰る前に寄って,3度目の正直でようやく入館できた。

バイオリン製造の工程そのものは,行きつけの工房で見たり話を聞いたりしてよく知っていたつもりだけど,それでもなかなか面白かった。

もう一つ目的があった。木彫りの工芸品。ところが,店に行ってみたら昼食休憩で2時まで閉店。昔のドイツはこれが多くて困ったものだけど,最近ほとんどなかったので警戒していなかった。そして,2時過ぎの開店を待ってみやげを購入。さあ帰ろうと思ったら,来るはずの電車が来ない。時刻表を見直してみると,土・日のみの運行だった。そこでさらに1時間待ち。あたりをゆっくり散策して写真を撮ったりできたけど,時間のロスが多い。ミュンヘンに着いたのは5時半。それからフランクフルト行きの電車に乗ってみたけど,満席状態だったので,1時間あとの電車にする。そして,ここにも落とし穴。ニュルンベルグを過ぎたあたりで電車が止まってしまった。そして1時間遅れでフランクフルトに到着。家に帰ったのは,11時過ぎだった。H田さんたちのカナダ着と一緒ぐらいじゃないかな。こういう事があると,飛行機と電車とどっちがいいか難しい。でも,H田さんたちがミュンヘンに飛ぶ便の搭乗手続きの時には,大量にパスポートと荷物を持ったアラブ人の手続きで塞がってて,窓口は1つしか機能していなかったという,どっかで聞いたような出来事(シリアの旅行記を参照)があったようなので(そのせいか,出発がかなり遅れたらしい),どっちもどっち。運が良ければ早く着くということですね。

ミッテンバルトの山
ミッテンバルトの山

3年越しのバイオリン博物館
3年越しのバイオリン博物館

部屋が…
部屋が知らない間に模様替え…
<6月27日(水)>

どういうわけか,とても寒い。気温が10度ぐらい。基本的に夏のつもりで来ているので,服装が大変だ。輪を掛けて大変に感じさせてくれるのが,半袖で歩いている人。もちろんコートを着ている人もいる。こうなるともう,季節や気温に関係なく,なんでもありという感じですね。こっちに来たときに着ていたスウェードっぽいジャケットを着てうろうろする。30度になってみたり10度になってみたり…,気温や気候の学習が難しそうだ。確率の勉強にはいいかも。

ありがたいことに,夜は暖房が入った。


<6月28日(木)>

かみさんが再度一時帰国。見送った後Dipfに行ってみたら,ミュンヘンに行っていた間に一大事変が…。机の配置が換わって,コンピュータも入れ替わっていた。例のTFTディスプレイの問題は解決したものの…そこに新しい研究者が2人入るんだそうだ(ほんとかなぁ…)。さて,私はどこに…。再び窓際族だったことが判明したものの,今日はKopp氏に会えなくてこれからどうするのかわからないまま。まあ,少なくとも今週中は使えるからいいか。


<6月29日(金)>

相変わらずはっきりしない天気だったけど,Dipfの行き帰りはきれいに晴れていた。雨の合間を縫ってウォーキングに出たら,途中からまた雨。コース変更して,建物の軒伝いに歩ける道をまわって帰宅。論文の検索などをしつつ1日終わる。明日は,ウィーンからF士先生が来る。フランクフルト日本人学校のN先生と連絡をとって,一緒に食事をすることにした。F士先生からのメールでは,今週一杯でウイーンからフランクフルトに転校する子供がいるのだそうで,たまたまその連絡にも都合が良いことになった。世間は相当狭いらしい。


<6月30日(土)>

なぜか早朝に目が覚める。上の階で音でもしたかな?そのまま起きようかと思ったけど5:30は僕にとってはちょっと早すぎ。少しだけメールチェックをして,二度寝。こういうときは,寝坊する。土曜なのを良いことに起床は9:30。朝食をとって,院生が投稿する学会誌の論文に手を入れたら,もう午前は終了。

午後から調べ物,論文書きなどをして,夕食はF士先生,N先生と。先週も行ったVinumに。ここは料理の量も適当で,味もいい。そうそう,日本語のメニューもある。ただ,ドイツ語で覚えている料理の日本語訳を見ても,それがイメージできないという場合もある。お子さん連れだったので,食事の後はAlte Operのカフェでお酒の続きを。お子さんたちは元気に走り回っていた。10時半をまわって日が暮れるまで,ここでいろんな話をした。とても楽しい1日だった。

F士先生,N先生と
F士先生,N先生ご家族と

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